入社する前は大学で心理学を学んでいました。
心理学の黎明期は、フロイトの精神分析やユングなどの心理面接、カウンセリングを中心とした臨床的アプローチが重視されていましたが、現代の心理学ではコンピューター技術などの発展に伴い、学問的に扱うことが困難な人間の主観を、統計的な手法を用いることで一定の客観性をもって分析することが試みられています。
心理学の実験では、条件を加えた「実験群」と条件を加えていない「統制群」の結果を比較し、統計的に意味のある差が出るかどうかを調べるという手法が取られることがあります。例えば「寝不足は集中力を下げる」ことに関する研究では、睡眠時間が制限されたグループと、睡眠時間が十分に取られたグループにわけ、計算問題など同一の課題を行って得点を比較する、というような形です。
「寝不足は集中力を下げる」もそうですが、「褒められるとやる気が出る」「笑顔は好印象を与える」などの研究結果がある心理学に対して、「常識的にわかっていることをもったいぶって言っているだけではないか」という批判がありますが、常識だと思われていることでも学問的に根拠を持って扱えるようになることに意味があります。また、直感に反する意外な研究結果も出ており世の中に役立っています。
エリザベス・ロフタスの「誤情報効果」に関する研究では、同じ交通事故の映像を見てもらった後で、例えば
「車がぶつかった(hit)時の速さは時速何キロメートルだったか」
という質問と、
「車が激突した(smashed)時の速さは時速何キロメートルだったか」
という質問では、「激突した(smashed)」という質問文の集団の方が「ぶつかった(hit)」という質問文の集団に比べて、同じ映像を見たにも関わらず車の速さを速く回答する傾向があった、という結果が出ています。これは人間がいかに事後情報に左右されやすいかという一例ですが、これらの記憶の再構成に関する研究の成果により、目撃者の聴取の時に「あなたが目撃したのはこの人物ですか?」と1枚の写真を提示するのではなく、誤認逮捕を防ぐために、複数の写真を提示して「あなたが目撃した人物はこの中にいますか?」と聞くように、犯罪捜査の仕方が実際に変わりました。
ロフタスの研究が注目されることになったのは、スティーブ・タイタスの冤罪事件でしたが、他にも、実際に起きた事件をきっかけに始まった心理学研究として「傍観者効果」があります。
キティ・ジェノヴィーズ事件は、「実際には事件が起きていることに気付いていた人は少なかった」という説もありますが、複数の人が目撃していたにもかかわらず女性が殺害されてしまった、という事件です。ラタネとダーリーの研究では、「多くの人が見ていたにもかかわらず犯行を止められなかった」のではなく、「多くの人が見ていたからこそ対応が遅れたのではないか」という観点に立ち実験が行われました。
実験では参加者は個室に通され、インターフォンを使って別の参加者と討論をするのですが、その最中に参加者の一人(実際はサクラ)が発作を起こします。参加者が外にいるスタッフに事態を伝えるまでにどれくらい時間がかかるか、ということを観察する実験ですが、参加人数が2名(参加者とサクラのみ)の場合に比べて6名の場合では、参加者が行動するまでにより多くの時間がかかることが確認されています。また、このように心理学の実験では、参加者を騙すような行為(Deceiving)が行われることがありますが、その場合は必ず実験終了後にネタばらしの説明(Debriefing)を行うきまりがあります。
いわゆる科学的根拠のない「心理テスト」とは違い、厳密さを重視する心理学ですが、一般に信じられている「血液型と性格の関係」についての研究も存在しています。(縄田健悟(2014).血液型と性格の無関連性――日本と米国の大規模社会調査を用いた実証的論拠)
この研究では、「子供の将来に不安がある」の項目と「A型」に若干の相関がある、などの結果も出ていますが、ほとんど誤差の範囲であり、血液型が性格の分散を説明する割合は0.3%未満だと結論しています。科学的な根拠が乏しい血液型と性格の関係ですが、日本で行われた他の調査では、人口比の高いA型・O型に比べて、B型・AB型の人が「ブラッドハラスメント」を経験したと答える割合が高いという結果が出ているため、この現象は「少数派に対する社会的排斥の一形態」と捉えることができます。
このように心理学の研究には、人間の認知や判断が不確かなもので、周囲からの情報に影響されやすいことを示すものが多くあります。しかし困ったことに人間には、他人の行動の原因を周りの環境ではなく、その人個人の資質や能力に求める傾向が知られています。クイズ番組の司会が実際は台本を読んでいるだけでも賢く見える、悪役を演じることが多い俳優は実際に本人の性格が悪いように感じてしまう、などがその例です。心理学ではこの傾向を「基本的な帰属のエラー」と呼んでいます。
周囲の影響を受けやすい私たちですが、心理学には「認知行動療法」という、自分の考え方や行動を見直すことで環境との関わり方を変えていくアプローチがあります。認知行動療法は臨床心理士や精神科医などの専門家が行う心理療法・医療行為なので、あくまで概要の紹介にとどめておきますが、なんらかの状況に直面したとき、瞬間的に頭に浮かぶ考えである「自動思考」に着目するという特徴があります。このブログの記事も実は締め切りに間に合っていないのですが、身近な例として「ついつい仕事を後回しにしてしまう」という場合の自動思考を生成AIにまとめて貰いました。

認知行動療法では、これらの原因になっている考え方(図表左側)を検討しながら、具体的な行動を積み重ねていくことで徐々に認知の修正を図ります。その過程では、行動の結果を振り返りながら、より現実的で柔軟な代替思考(図表右側)を見つけていくことが目指されます。この流れは、PDCAサイクルのように計画・実行・評価・改善を繰り返す構造にも少し似ているように感じます。
さて、このブログ記事でもお世話になった生成AIですが、大量のデータから人格を構成するアプローチが生成AIなら、それとは対照的に、人間の主観から得られたデータを統計的に扱い、人間への理解を深めるのが現代の心理学のアプローチと言えるかもしれません。
【 今月のブログ 購買部門:Sさん 】